「暇な時間ができたら、何をしよう」と考えることがあります。
仕事が忙しいときには、あれほど欲しかった自由な時間なのに、いざ時間ができると、何をしていいのかわからない。
そんな経験はありませんか。
私は最近、「暇な時間を楽しめる人になりたい」と考えるようになりました。
そのきっかけの一つが、令和8年熊本地震です。
2026年7月28日に熊本県熊本地方で発生した地震は、最大震度7を観測しました。
当たり前だと思っていた日常が、突然大きく変わることを、あらためて考えさせられる出来事でした。
災害が起きると、家、仕事、移動、買い物など、普段は意識しない生活の土台がどれほど大切なのかに気づきます。
そして同時に、「何も起きていない普通の日こそ、大切にしたい」と思います。
では、普通の日を大切にするためには、どうすればいいのでしょうか。
私は、その一つが「暇な時間を楽しむ力」ではないかと思っています。
忙しいことが幸せとは限らない
私たちは長い間、「忙しい=頑張っている」と考えてきたように思います。
仕事をして、家族のことを考えて、用事を片づけて、休日も予定を入れる。
それはもちろん大切なことです。
ただ、予定が何もない時間を「もったいない」と感じるようになると、少し疲れてしまいます。
暇な時間は、何かを成し遂げるための時間ではなくてもいいのです。
窓を開けて風を感じる。
コーヒーを飲みながらテレビを見る。
好きな音楽を聴く。
近所を散歩する。
犬と歩く人を眺める。
そんな小さな時間にも、十分な価値があります。
災害を経験すると「何もない日」がありがたくなる
令和8年熊本地震は、2026年7月28日に発生し、その後も熊本地方などで地震が続きました。
大きな災害を前にすると、「明日も今日と同じ一日になる」とは限らないことを感じます。
だからこそ、何も起きていない日に、何もせず過ごすことを楽しめるのは、とても贅沢なことなのかもしれません。
朝起きて、家族と「おはよう」と言える。
食事ができる。
好きな番組を見る。
散歩に出かける。
眠る場所がある。
普段なら気にも留めないことばかりです。
しかし、失って初めて、そのありがたさに気づくことがあります。
「暇だな」と感じたときこそ、「今日も平穏だな」と考えてみる。
それだけでも、時間の見え方が少し変わるのではないでしょうか。
50代からは「何もしない予定」も作ってみたい
これから先、仕事を離れたり、仕事量が減ったりすると、自由な時間は今より増えていくでしょう。
そのときに、暇を怖がらない人になっていたいと思います。
例えば、休日の予定を全部埋めない。
午前中だけ出かけて、午後は何もしない。
スマートフォンを見る時間を少し減らして、ぼんやりする。
気が向いたら近所を歩く。
「今日は何をするか」ではなく、「今日は何もしなくてもいい」と決めておくのです。
旅行が好きなら、遠くへ行く旅だけでなく、近所の知らない道を歩く小さな旅も楽しめます。
特別な道具も、大きなお金も必要ありません。
暇な時間は「次の人生」を考える時間にもなる
暇な時間には、もう一つ良いところがあります。
自分が本当にやりたいことを考えられることです。
忙しい毎日の中では、「やらなければならないこと」が優先されます。
暇になって初めて、「本当はこんなことをしてみたかった」と気づくことがあります。
読みたかった本を読む。
昔好きだった音楽を聴く。
行ってみたい場所を調べる。
家族との思い出を整理する。
これからの暮らしに必要なお金について考える。
どれも急いで答えを出す必要はありません。
暇な時間だからこそ、ゆっくり考えればいいのです。
「暇」を楽しめる人生にしたい
令和8年熊本地震をきっかけに、私は「普通に暮らせること」のありがたさを、もう一度考えました。
そして、普通の一日の中には、何もしない時間も含まれているのだと思います。
忙しさから解放されたとき、「暇だから困った」と考えるのではなく、「今日は自由に使える時間がある」と考えたい。
何かを買わなくてもいい。
遠くへ行かなくてもいい。
誰かと会わなくてもいい。
ただ、お茶を飲み、空を眺め、音楽を聴き、少し散歩する。
そんな時間を「いい時間だった」と思える人になりたいと思います。
人生の後半は、予定を詰め込むことよりも、何もない時間を楽しむことが大切なのかもしれません。
「これでいいのだ」と思える一日を、少しずつ増やしていきたいものです。
