最近、「いい歳をして、そんなことをしていていいのかな」と感じる場面が増えてきました。
子どもの頃は当たり前のように夢中になっていたことも、大人になるにつれて「無駄」「今さら」と自分でブレーキをかけてしまいます。
でも、人生の後半に差しかかる今だからこそ、少し立ち止まって考えてみたいのです。
キダルトという生き方を取り入れたら、毎日はどう変わるのか。
今回は「大人だけど子どもの心を忘れない」生き方について、無理のない形で考えてみようと思います。
キダルトとは何かを、やさしく考えてみる
キダルトとは、「キッズ(子ども)」と「アダルト(大人)」を組み合わせた言葉です。
難しく考える必要はありません。
要するに、大人としての責任を果たしつつ、子どものような好奇心や遊び心を大切にするという考え方です。
たとえば、子どもの頃にワクワクした乗り物、スポーツ観戦、映画、ちょっとした冒険心。
そうした感覚を「もう歳だから」と手放してしまうのは、少しもったいない気がします。
50代からこそキダルトが合う理由
若い頃は、仕事や家庭のことで精一杯でした。余裕がなく、楽しみは後回しだった人も多いはずです。
50代を過ぎると、体力や立場の変化を感じる一方で、人生を見つめ直す時間が増えてきます。
そんな今だからこそ、「楽しむ力」を取り戻す意味があります。
キダルトは、無理に若作りをすることではありません。
自分が楽しいと思える気持ちに、正直になること。それだけで、日常の景色が少し明るくなります。
キダルト的な小さな楽しみの例
いきなり大きなことを始める必要はありません。
・昔好きだった歌を、改めてじっくり聴いてみる
・子どもの頃に憧れた場所を、旅行先の候補にしてみる
・スポーツ選手の活躍に、素直に熱くなる
・映画を観て、理屈抜きで感動してみる
こうしたことは、誰にも迷惑をかけませんし、お金もそれほどかかりません。
「これでいいのだ」と思える時間を、意識的に作ってみたいものです。
周囲の目が気になるときの考え方
「いい歳して」と言われるのが怖くて、やりたいことを我慢してしまう。
そんな気持ちもよく分かります。
でも、よく考えてみると、他人は思っているほど自分のことを見ていません。
それよりも、自分が自分にダメ出しをしていないかの方が大切です。
真面目で謙虚な人ほど、楽しむことに遠慮しがちです。
だからこそ、少しだけ自分に許可を出してみようと思います。
キダルトは老後の人生設計にもつながる
楽しみがある人は、日々に張り合いがあります。
健康を保ちたい、外に出たい、誰かと話したい。
そうした前向きな行動は、結果的に老後の生活を支えてくれます。
キダルトは「遊び」ですが、「生き方」でもあります。
無理をせず、背伸びをせず、自分らしく楽しむ。
その積み重ねが、これからの人生を豊かにしてくれるはずです。
これから試してみたいキダルトな生き方
完璧を目指す必要はありません。
「ちょっと面白そう」「少し気になる」
その感覚を大切にして、一歩踏み出してみようと思います。
人生の後半戦は、我慢よりも納得を。
キダルトに生きることは、自分を甘やかすことではなく、自分を大切にする選択なのかもしれません。
今日より明日を、少し楽しくするために。できるところから始めてみようと思います。

