若い頃は、夫婦関係にも「こうあるべき」「これが正解」という答えがあると思っていました。
仲良くするのが正解、分かり合うのが正解、意見が合うのが正解。
でも、年齢を重ねるにつれて、少しずつ考え方が変わってきました。
最近は「正解を探すこと」自体が、しんどさの原因なのではないかと思うようになっています。
今回は、これからの人生を少し楽にするために、夫婦関係との向き合い方を見直してみよう、というお話です。
若い頃は「理想の夫婦像」を追いかけていた
結婚した当初は、テレビや雑誌、本に出てくる夫婦像を無意識にお手本にしていた気がします。
「夫婦はこうあるべき」「男はこう、女はこう」といった型に、自分たちを当てはめようとしていました。
でも現実は、考え方も感じ方も違う二人が一緒に暮らすわけです。
ズレが出るのは当たり前なのに、「理想」と比べては、足りない部分ばかりが目につく。
そのたびに、どこかモヤモヤした気持ちが残っていました。
正解を探すほど、心が疲れていく
話し合えば分かり合えるはず。
言えば伝わるはず。
そう信じて何度も正解を探そうとしましたが、うまくいかないことも多いものです。
正解を求めるということは、裏を返せば「間違いを見つける」ことでもあります。
相手の言動に対して、「それは違う」「それはおかしい」と心の中で点数をつけてしまう。
気づかないうちに、心が疲れていくのを感じるようになりました。
夫婦は「分かり合えない前提」でもいい
ある時から、夫婦は完全に分かり合えなくてもいいのでは、と思うようになりました。
育ってきた環境も、価値観も、人生経験も違う。
それなのに、すべて分かり合おうとする方が無理があるのかもしれません。
「分からないままでも一緒にいる」
この考え方は、気持ちをずいぶん楽にしてくれます。
理解できなくても否定しない、納得できなくても距離を保つ。
それも一つの夫婦の形だと思うようになりました。
「これでいいのだ」と思える関係へ
完璧を目指さず、「まあ、これでいいか」と思えること。
若い頃は妥協のように感じていましたが、今は大切な知恵だと感じます。
毎日仲良くなくてもいい。
意見が合わない日があってもいい。
会話が少ない日があっても、それが今の形ならそれでいい。
正解を探すより、「続いていること」「一緒に時間を重ねてきたこと」自体を大切にしたい。
そんなふうに考えるようになりました。
これからは「心が穏やかでいられる距離感」を
これから先の人生は、勝ち負けや正解探しよりも、心の穏やかさを優先したいものです。
無理に変えようとせず、無理に分かろうとせず、少し引いて見る。
夫婦関係に正解はありません。
あるのは、それぞれの夫婦なりの「落ち着く形」だけ。
これからは、相手を直そうとするより、自分の受け止め方を少し変えてみよう。
そんな気持ちで向き合えたら、今より少し楽な毎日が待っている気がしています。
